今日起きてすぐ衝撃的なニュースが耳に入ってきました。
吉野朔実先生が亡くなられた...??

え?まだ全然お若いはず...なんで!??
気が動転してアシさんとの待ち合わせに大幅に遅れてしまいました。
こんな衝撃は多田かおる先生の訃報以来かもしれません。


私がまだ漫画家じゃなかった頃「少年は荒野をめざす」を読んで
私もこんな漫画が描きたい.....ーーー!!
と強く思いました。
感性を形できるその素晴らしい才能に憧れ
でも
描けるものと描きたいものは違うということをデビューして思い知りました。
それでも吉野先生に憧れる新人作家さんは後を絶たず...
「ぶ〜け」には第二の吉野朔実を目指し沢山の人が投稿してきました。
しかしその頃の私の担当さん曰く「吉野朔実は一人でいい。」

同じようにその頃沢山の新人さんが憧れた先生が
岩館真理子先生。
あのうつろなどこを見てるかわからない瞳...。
外国人のような繊細な絵柄。
これも真似する人多数。
でもそれもやめろと編集に皆んな言われてた気がします。

今は無き「ぶ〜け」。
わたしがデビューする前の80年代後半。
そのころ「ぶ〜け」の表紙を描かれる漫画家さんは内田善美先生、松苗あけみ先生、吉野朔実先生、水樹和佳先生、時々竹坂かほり先生や水星茗先生とほぼメンバーが決まっていたように思います。
(読者目線で)
そのローテーションに潜り込むのは不可能な感じさえしました。
カラーが付くなんて
あのレベルのカラーを描かねばならないなんて自分には不可能!!!と思っていました。

その諸先生方が認めた人しか表紙が描けないという都市伝説さえあり...今思うと
作家サイドにそんな権限があるはずもないし、そんなことはないとわかるけど。

「ぶ〜けselection」という、アオリに「美麗な絵柄が素敵♥」
と書かれた人だけが載れるような豪華な別冊があり、
紙も厚くて印刷がオフセットですごく綺麗な雑誌でしたが
私は載ることはありませんでした。

しかしデビューして1年半。
いきなり表紙巻頭カラーで新連載を頂き、嬉しい気持ちより
先輩の先生方に認められるカラーを描かないと!!!!!とすごいプレッシャーで。
数日かけて表紙(ぶ〜けは裏表紙もイラストになっているので
B3サイズのカラーを描いていた)を描きました。
でも私は漫画のカラー初心者で
耐水性のインク(普通主線のみ使うもの)で全てを塗っていたからムラだらけで...(泣きたいT_T)
とにかくぶ〜けの作家さんは花を緻密に描くのが皆さん大変上手で
花だけは頑張らないと!!と思って
「薔薇柄の欲しい年頃」でひまわりを描いた気がします。
薔薇じゃなくなぜかひまわりを。
洋書のボタニカルな本を見ながら描きました。

その時代その時代でものすごく他の作家さんに影響を及ぼす漫画家さんがいます。
萩尾望都先生や大島弓子先生、三原順先生...紡木たく先生...
その人の絵や話を見ると自分の今まで描いてきたものが陳腐に思えて
放り出したくなる...。
でもどんなに憧れてもその人には永遠になれないのです。 
そのことに気づいて自分を受け入れないと
プロとしては続けていけないとわかるのは
デビューしてすぐやってきます。
自分の普通さに打ちのめされながらも
描き続けること...。

そんな私たちの少女漫画心の中心にいた吉野朔実先生。
____ご冥福をお祈りいたします。